撮影日記 2025年12月分 バックナンバーへTopPageへ
 
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● 25/12/31 科学性と著者性



 制作中の本が紙に刷られたものが送られてきました。
 写っているのは、2024年春に引っ越しをする前に住んでいたうちの敷地です。
 うちの引っ越しは区画整理によるもので、かつて住んでいた場所は跡形もなくなります。それを思うと、そんな意図ではなかったけど、本の中にその敷地が写っているのは、思い出として良かったかもしれません。
 引っ越しの年は、いったん完全にリセットされた、写真関係、生き物関係のものを最低限使えるようにすることに手一杯でした。
 翌2025年は、それらを調整して、気分良く仕事ができるように整えました。
 来年は多分、ひたすらに撮影ができるはずです。
 中でも引っ越しでしんどかったのは、生き物の飼育です。
 以前の環境なら簡単に飼えた生き物が、新しい環境では、注意や頻繁な手入れが必要になるケースがありました。
 そんなことが起きないように、十分考えていたにも関わらずです。
 生き物ってむずかしいんやね、と改めて感じました。
 また、今のところ同等に飼うことができている生き物でも、場所が変わると何が起きるかわからないので、しばらくは注意が必要です。
「過去数年間、このやり方で飼うことができた」的な経験則が、自分が思っていた以上に重要であることを思い知りました。

 ともあれ、今回の本作りは、インターネットが幅を利かせている時代に、書籍はどうあるべきかを考えながら取り組みました。
 情報やハウツーは、ネットには敵わないでしょう。
 すると著者性ということになるわけですが、科学物の生き物の本の場合、著者性を科学性と上手く同居させるのがとてもむずかしいです。
 本の中のどこが科学の部分〜客観の部分なのか、どこが自分の部分、僕の体験の部分なのかを、頭の中で常に確認しながら制作するように心がけました。
 本は3月下旬に発売される予定です。
 
 

● 25/12/30 更新のお知らせ

 今月の水辺を更新しました。



● 25/12/29 MF12

 GODOXの新型ストロボiT30PROは、小さな生き物を撮影するための照明器具として大変に気に入りました。
 一方で、それでも捨てがたいのが、以前から使用しているMF12です。
 iT30PROとの違いは、まずは、MF12の方が発光部がやや大きいことがあげられます。
 光を拡散版で拡散するにしても、発光部が大きい方が、よりきれいな光になります。
 それから、MF12にはモデリングライトが内蔵されています。モデリングライトがあると、夜間の撮影が劇的に有利になります。



 そしてあと1つ、MF12の場合、発光部に取り付けられるアクセサリーが充実していて、光の質を容易に変えることができます。画像はスヌートと呼ばれるアクセサリーです。
 僕はスヌートを、洞窟のような場所や夜間の撮影で、暗い場所の雰囲気を残したまま、被写体を照らしたい時に使います。
 MF12以前は、ニコンのマクロストロボに、イノン製のスヌートを取り付けて使用していました。
 ニコンとイノンは全く別の会社なので、当然そのままでは取り付けることはできず、アタッチメントを作る必要がありました。


 自作のスヌートシステムは大変によく機能しましたが、常に持ち歩くには大きいという弱点がありました。
 その点、GODOXの既製品はとてもコンパクトです。



● 25/12/27 誓い

 「誓い」と聞くと、僕はキリスト教式の結婚式でカップルが神父さんに誓いをたてる様子を思い浮かべます。
 その「誓い」みたいなことが、結構大切なんだなと、と最近感じるようになりました。
 まだ大学生だった時に、僕は、「プロの自然写真家になりたい」と昆虫写真家の海野さんに手紙を書きました。
 すると嬉しいことに返事がきて、その中に、
「仕事なんだから、自分が好きじゃないものも撮らなければならないけど、覚悟はできてますか?」
 と書いてあり、「覚悟はできています」的な返事を返した記憶があります。
 それが、まさに「誓い」になりました。
 僕は、興味がある仕事もそうではなかった仕事もとにかく引き受け、縁があった仕事に無心で取り組みました。仕事を選り好みしなかったことが、自然写真の仕事をこの年になっても続けられることに結びつきました。
 今はすべての仕事を引き受けているわけではないけど、一通りの経験した上で判断することができました。

 あと1つ、僕にとって重要な誓いになったのが、大学時代の恩師・千葉喜彦先生との会話でした。
 千葉先生は、学生に就職の世話をしない主義でした。自分の人生は自分で決めるべきだと考えておられました。
 僕はそれを知っていたので、一切就職活動をしていないにもかかわらず、気楽に研究室に出入りしていました。
 ところが、ある日千葉先生から呼ばれて、
「君は卒業後はどうするの?」
 と聞かれました。
 怪訝な顔をする僕に、
「俺はさ、就職の世話はしないけど、一応気になるし、できることがあればやってあげたいんだよ。」
 と話してくれました。
 千葉先生にできることと言えば、恐らく、進学だったのでしょう。
 僕は
「生き物のカメラマンを目指します。」
 と答えました。すると、
「それなら俺にできることはないな。腕一本で食っていく力の世界だな。」
 と返ってきました。
 腕一本で食っていく力の世界は、分かりきったことでした。でも千葉先生の口から聞いたことで、その瞬間に本物の覚悟ができ、千葉先生に誓ったことになりました。
 写真に関わる人の中には、「すべての写真、すべての作品に価値があり、優劣なんてないんです。」的なことを主張する方もおられますが、それは建前であり、現実の写真の世界は、力の世界です。
 力の世界であることを本当の意味で受け入れることなしに、先へ進むことはできません。

 人の社会は、平等とか公平を追求しているのに、一方で力の世界が求められるのはとても興味深いことだと思います。
 写真以外にも、音楽やスポーツなど、才能が劇的に物を言う結果の世界が存在し、多くの人が、不公平とも言える誰かの才能に熱狂します。
 平等とか公平は、人が頭で考えた理想の秩序ですが、一方で多くの人がそうではないものも求めています。



● 25/12/25 ずれ

 アマゾンの販売サイトでたまたま見かけた、マイク用の延長棒を買ってみました。ストロボの保持に流用できるかも、と考えました。
https://amzn.to/4aqSbhM
 到着後、マイク用のコードが邪魔だったので、コードを取り外しました。
 他には気になる箇所はなく、後は現場で実戦投入と思ったけど、念のために室内ですべての機器を取り付けて予行をしてみたところ、僕が予定していた使い方をするためには、さらに一工夫が必要だと分かりました。
 人が頭で思っていることと現実との間には、しばしば、ずれがあります。
 これで行ける!と思っても、実際に手を動かしてみるとうまくいかないことが多々あります。
 それがわかっていても、まあいいか、何とかなるでしょう、と僕は考えがちです。
 それに対して、自分で試したことや自分が見たことを語ろうよ、と自分に言い聞かせるはめになります。自分に言い聞かせることに、大変なエネルギーを取られます。

 写真や生き物に関して言うと、僕が頭の中で考えたことと現実は、大抵の場合、大きくかけ離れているわけではありません。
 多くは、2〜3回修正すれば解決できるくらいの距離感です。
 でも、そのちょっとしたずれこそが、ちゃんと知っている人と聞きかじっただけの人の違いです。
 生き物の観察でも同じです。
 本を読んで得た知識と自分の目でみたものとの間には、ほとんどの場合、ずれがあります。
 誰かが書いた生き物の記事に目を通す時に、そのずれの部分を意識的に見ていくと、著者が自分の目で見たことを書いたのか、すでに存在する他の書籍を再編集して書いたのかがわかります。

 大人向けの本の場合は、自分が見たわけではないことを書く場合に、
「〜だと言われている」
 みたいな書き方を選択することができます。
 ところが子供向けの本の場合は、読みやすくするために、遠回しな書き方を避けます。
 その結果、
「僕が見たものはこれです。」
 と自分が見たり確かめたこととして書くことになるので、実際に自分の目で確認する必要が生じます。
 その確認はめんどくさいのですが、やってみると、ああ、そうだったのか!確認して良かったと思うケースが多々あります。
 そしてそこにこそ、生き物のおもしろさ、生き物の記事を書くことの面白さがあります。この冬は、ミジンコのある生態を確認する実験をしました。
 こんなことを書いているくせに、次回また何かを確認する必要が生じた時には、めんどくさいし、まあいいか、いやいや、ちゃんと自分の目で見ようよ、としばらく葛藤することでしょう。
 
 

● 25/12/23 高速道路の渋滞


NikonZ7U NIKKOR Z 24-120mm f/4 S

 先日長崎県で撮影をした帰りに、途中の佐賀県で一泊して、翌朝は福岡県の糸島に立ち寄り、黒い岩の海岸を撮影してみました。
 黒い岩の正体はアルカリ玄武岩。あたりは黒磯と呼ばれているそうです。
 残念ながら、今は一年で一番お日様が低い時期。太陽の高さが低くて、僕が撮りたかった場所は日陰になり、日が当たりませんでした。
 次回は、黒磯に日があたる時期に、また何かのついでに立ち寄って撮影してみようと思います。

 最近は、福岡から佐賀県を経由して熊本方面や長崎方面へ向かうと、高速道路が福岡県太宰府のあたりで、日常的に渋滞をするようになりました。
 そんな時にふと思い出すのが、小学生の時に新幹線の中から見た、お盆の名神高速道路の大渋滞です。
 時間帯は夕刻。動かない車のテールランプの赤が延々と続いているのを見て、高速道路の意味がないじゃないか!と腹が立ったものでした。
 僕は子供の時から人が過密な状態が、大の苦手でした。こんな場所には絶対に住みたくないと思いました。
 九州ではこんな渋滞はないよね?と父に聞いてみたら、ゴールデンウィークなら、少しだけその気配があるよと教えてくれました。
 当時の日本では、車は一家に一台。ところが父によると、アメリカでは車は一人に一台であり、やがて日本もそうなるから、九州の高速道路でも将来は渋滞するようになるとのことでした。
 それから40年以上の時が流れ、確かに、今では人が一人だけ乗った車が多くなりました。
 一部の区間とは言え、九州の高速道路でも、日常的に渋滞する箇所が生じました。
 乗用車だけでなく、トラックの数も、劇的に増えました。
 20代の前半、初めて名神高速道路で運転をした時に、九州では見たこともなかったトラックの数に大変に驚かされた思い出があります。
 今では、同等の数のトラックを、福岡県内の高速道路でも見るようになりました。



● 25/12/20 ミノルタ/CD1000


 
 ミノルタのストロボディフューザーCD1000は、日本のカメラメーカーが発売したストロボ用品の中で、もっともよくできた製品ではないかと思います。
 一目見た時に、
「こいつは買い溜めしておいた方が良さそうだ。」
 と予感がして、同じものを複数個買いました。
 ミノルタというメーカーは、その後なくなり今では知らない人もたくさんいるくらい昔のことなので、定価は記憶にありません。
 でも僕が複数個購入できたということは、そんなに高価ではなかったはずです。
 決して高価ではない製品なのに絶大な威力があるのだから、この製品を企画した人に会ってみたいものです。
 
 本来は、ミノルタのカメラのホットシューに取り付けて、カメラの内蔵ストロボの光を拡散するためのものです。
 僕の場合は、それを、小型ストロボの光の拡散に流用しています。
 何か所か、改造を施しています。
 まずCD1000に本来採用されていた乳白色の拡散板は小さ過ぎるので、より大きなアクリル板に取り替えています。
 また、この製品はミノルタのカメラのホットシューに取り付けて使う前提になっていて、僕の使い方ではアクリル板がブラブラしてしまうので、可動部にワッシャーをはさんで、アクリル板がどんな角度になっても適度なテンションがかかるように調整しています。
 ストロボの側には、CD1000を取り付けるためのシューが必要になります。そこで、空のシューを両面テープで貼り付けています。
 ミノルタは独自の形状のホットシューを採用していたので、それを普通の形状のシューに変換するアダプターをCD1000に取り付けています。
 秋に購入したGODOXの小型ストロボiT30PROが大変に気に入ったので、CD1000をiT30PROとの組み合わせで使用できるように、調整してみました。



● 25/12/20 いのちの聲



 僕は元々写真集が大好きでした。
 自然写真系の写真集を、個人で僕ほどたくさん持っている人はいないのでは?と内心思っていました。
 ところがやがて、写真集を見ても、胸がときめかなくなりました。
 理由はおそらく、機材の進歩と情報網の発達で写真撮影が簡単になり、見ごたえのある写真が世に氾濫してしまったからです。
 もちろん今でも、誰かの写真を見て、「ああ、いい写真だな」と思ったり感激することはあります。 でも一方で、「またか」とも感じるようになりました。
 そんな中、久しぶりに写真集を見て、楽しいなと感じました。
 撮影者は風景写真で有名な鈴木一雄さん。本のタイトルは、いのちの聲(こえ)です。
 「いのちの聲」のどこが楽しかったのか?と言えば、風景写真の大家が撮った写真は、生き物のカメラマンが撮る写真とは明らかに質が違っている点です。
 鈴木さんが撮る写真は、たとえ生き物がある程度以上の大きさに写っていたとしても、そのマインドがやっぱり風景写真なのです。

 僕の記憶の間違えでなければ、この写真集が発売される数ヶ月前に、鈴木さんは確か、
「今、生き物の生態写真を撮っている。」
 と言っておられました。
 でも僕は、いのちの聲を見て、この本は生態写真ではなく風景写真の本であり、風景写真であるところに魅力や価値があると感じました。
 何が違うのか?と言えば、生態写真とは、生き物の生態を現したものであり、客観の視点です。
 世間ではそれを、科学の目などといいます。
 一方で風景写真は、撮影者の心の内面を表したものであり、主観の視点です。絵画や文学に近い存在です。
 いのちの聲のページをめくるたびに僕が面白かったのは、鈴木さんの心の内面でした。



● 25/12/15 デュアル ホット シュー スプリッター



 ストロボを二台乗せることができて、しかもコールドシューではなくホットシューが採用されていて、さらにTTLも使用できる「デュアル ホット シュー スプリッター」を購入してみました。
 カメラのシャッターを押すと、デュアル ホット シュー スプリッターに乗っけているストロボが光ります。
 上の画像はニコン用の製品です。ストロボとの接点の形が、ニコンのカメラのホットシューと同じになっています。

 実は、ずっと以前から気になっていた製品でした。
 ところが、この製品で使いたいストロボが、世に存在しませんでした。具体的には、小型軽量でTTLやハイスピードシンクロが採用されているストロボです。
 ところが今年になって、僕が欲しかったストロボの条件をすべて満たしたGODOXのiT30Proが新発売されました。
 ふとデュアル ホット シュー スプリッターを思い出し、取り寄せてみました。
 まずは、ストロボを一台乗っけてみました。
 続いてアングルファインダーを取り付け、アングルファインダーをのぞき込んだ時に、僕のおでことストロボがぶつかるなどの干渉がないことを確認しました。

 続いて、2台のストロボを同時に取り付けてみました。
 がしかし、ここで予想外のことが起きました。
 2台取り付けると、ストロボがいずれも発光しません。iT30Proの3つの発光モードをすべて試したけどダメでした。
 原因を考えてみました。
 過去には、コードを使用して、デュアル ホット シュー スプリッターと同様のことを実現しているニコン製品が存在し、僕はそれを使用していました。
 そこから判断すると、もしかしたら最近のミラーレスカメラは、有線で接続された2台(複数台)のストロボを使用するケースを想定しておらず、カメラが受け付けないのかもしれません。



 さて、どうしたものか?
 1台ならちゃんと光るので、二台目のストロボを取り付けるシューを絶縁することにしました。
 具体的には、デュアル ホット シュー スプリッターに、接点を持たないコールドシューをまず取り付け、その上に2台目のiT30Proを乗せることにしました。
 2台目のiT30Proは機械的に乗っかっているだけでそのままでは光らないので、ストロボの設定を変え、1台目のiT30Proから命令で2台目が光るように変更しました。
 元々は絶縁のために間に挟んだコールドシューに小型の雲台を併用すれば、2台目のストロボの角度を変えることができるし、これはこれで、悪くないような気がしています。


 さて、僕が調べた範囲では、デュアル ホット シュー スプリッターにはニコン用とキヤノン用があり、その他のメーカー用のものはありませんでした。
 OMがないのは、シェアーが小さなメーカーなので仕方がないとしても、 今大きなシェアーを持っているソニー用も見当たりません。
 ということは、この製品は、ソニーのシェアーが低かった一眼レフ全盛の時代に設計され、以降更新されていない製品かもしれません。
 また、多くの販売店でニコン用が売り切れていて、ほとんどキヤノン用だけが販売されているのは、今はもう製造していないのかもしれません。



● 25/12/14 LED



 うちの飼育室を写真撮影すると、使用している照明の色が様々であることがわかります。
 中でも右の奥を照らしているライトは、植物育成用の製品 https://amzn.to/3Yodrxi です。
 高演色で色温度が5800Kと自然光に近く、右奥は自然な感じに写っています。
 写真撮影に使用すると、使い勝手は撮影用のLEDにはかないません。
 けれども、長い期間生き物を育てながら撮影するケースで、生き物を育てる能力が高い光を当てたい場合は、この光で撮影の仕事をすることもあります。
 左奥の赤っぽい光 https://amzn.to/496TYY4 は、紫外線の中でもUVBと呼ばれる波長を出す電球です。
 爬虫類を育てる時に使う製品です。
 手前の紫色の光は、近所の店舗で購入した関係で通販と違って購入記録が残っておらず、品名は分かりませんが、サンゴやイソギンチャクなどを飼う人たちが使う高価な球です。
 サンゴや多くのイソギンチャクの飼育では光がとても重要になります。その結果、光の成分にこだわった特殊なLED照明が発達しています。
 
 僕は通常スタジオでは、ストロボを使用します。
 ストロボを使う理由は、写真がぶれにくいからです。
 一方でLEDを使うと、ストロボではできないことが可能になります。
 例えば、タイムラプスを含めた動画を撮影する場合の照明は、LED一択になります。
 タイムラプスとは、写真を多数組み合わせて作成する動画のことです。
 虫の孵化などを写真撮影する場合にLED照明を使い、例えば1秒おきに連続写真を撮っておけば、一連の写真から動画を作ることも可能で、一度の機会に写真と動画の両方を撮影できます。

 最近のカメラは被写体認識という機能を備えています。
 画面の中から人物なり飛行機なり鳥なりをカメラが見つけ出し、そこに自動でピントを合わせようとします。
 その被写体認識の精度が将来もっと高くなった時に、蝶の羽化みたいなシーンは、LED照明を使用してタイムラプスで撮影すれば、恐らく、撮影者が寝ている間に全自動で撮影できるようになるでしょう。
 実は、それはそれなりの難しさがあり、新たに身につけなければならないことがあるのですが。
 そんな時代が到来するのに備え、古い方式の道具、主に手動で作動させるタイプの道具を手放し、新しい方式の自動化された製品に切り替えているところです。



● 25/12/12 更新のお知らせ

 今月の水辺を更新しました。



● 25/12/6 中国製

 よくこんな工夫が思いつくよな、とGODOXの新型ストロボiT32には、驚かされました。
 僕の用途では、すでに愛用しているTT350シリーズで十分だ、と購入を見送ったものの、しばらくするとまた欲しくなってしまいます。
 製品に勢いを感じます。
 GODOXに限らず、中国のメーカーには、勢いを感じさせるメーカーが幾つもあります。
 ほんの10年前には、安かろう悪かろうを意味する「中華クオリティー」という言葉があったのに、今や、中国製品にワクワクさせられるようになりました。

 僕は子供の頃、外国から見たら日本がどんな国に見えるのかを知りたいと思っていました。
 周囲の大人には、日本贔屓の人と逆に自虐を好む人とがいて、子供ながらにどちらの言い分も信用できないと感じました。
 それは、今で言う保守の人とリベラルの人に該当するのでしょうが、僕が知りたかったのは、客観でした。
 僕自身は、当時の日本は、欧米に比べると遅れた国という印象を持っていました。
 その根拠は、当時僕が夢中になったルアーフィッシングの道具に関しては、日本製は、欧米製品のひどい劣化版のコピー商品だったから。
 一方で、日本製の車や家電製品が高く評価されていると聞かされました。
 当時僕は、小学校の高学年でした。
 いったいどちらが本当なんやろう?と思ったものですが、ちょうど今の中国みたいな感じだったのではないでしょうか。
 だとするならば、子供の時の疑問が解決した感じがします。
 
 

● 25/12/5 道具の使い方

 時々、現場で使い方が分からなくなる道具が、幾つかあります。
 そこで先日、それらの使い方を改めてじっくりと確認し、分からなくなりがちな点に関してはメモを作りました。
 近年の道具は多機能な分、概して操作が複雑です。
 したがって、ゆとりがある状況で触れば、まあいいでしょうと思える範囲に収まっている操作の道具でも、目の前に生き物がいて急いで撮影したい状況では、ふと分からなくなってしまうケースが増えてきました。
 特にタッチパネルは、スワイプしなければ見えないメニューがあるとか、思わぬところに触れてしまい設定が変わって戻し方がわからないみたいなトラブルがあり、危険です。

 一度でも現場で使い方が分からなくなった道具には、難しいという印象がこびり付きます。
 あとで落ち着いて検証してみたら、決して悪い操作性ではない製品でも、一旦嫌な経験をすると、なかなか払拭できません。
 そういう点で、よくできているなと感じるのは、ニコンの製品です。
 ニコンのカメラは、使用中に思わぬ箇所に触れてしまい設定が変わってしまうなどのトラブルが少ないと感じます。
 ニコンのカメラが手堅いのは、今に始まった話ではなく、昔からの傾向です。

 道具の使い方を記したメモは、原則、その道具に貼り付けます。
 貼り付けると見栄えが悪いので、メモ帳にまとめる手もありますが、僕の場合は、メモ帳を持っていることを忘れてしまいます。
 他には、スマートフォンに保存しておく手もあり、それなりに使用していますが、何か一抹の不安や自信のなさを感じるのは、スマートフォンもやはり複雑な道具であり、どこか信頼できないからでしょう。
 


● 25/12/3 科学は科学

 僕が駆け出しのころは、こてこての科学物よりも、どこか文学的、哲学的なにおいがする格調高い生き物の本が好きでした。
 それは僕だけの話ではなく、そうした作品が評価される雰囲気が、社会にありました。
 例えば、どこか哲学のにおいがする写真家の星野道夫さんは、事故で無くなる前から、神格化されていました。
 ところが近年は、その手の作品があまり評価されなくなり、時には嫌悪されるようにもなってきました。
 ある写真やある本が、事実を伝えようとしているのか、誰かの心の内面を現そうとしているのかの区別がしっかり求められるようになってきました。
 学者さんの中では、やはり哲学的で、かつてはその意見が参考にされることもあった生態学者の今西錦司さんの説が、全く評価されなくなりました。
 評価されないどころか、あれは科学ではく、偽科学であるとも言われるようになりました。
 生き物や自然に関する言動は、客観に徹することが、求められるようになってきました。
 
 そうした変化が起きた理由の1つは、情報網の発達だと僕は考えます。
 中でもSNSが発達したことで、有用な情報が早く広まる反面、偽科学みたいなものも広まりやすくなり、情報の正しさや客観性を社会がより強く求めるようになったからでは、と。
 生き物の本に関して言うと、文学的なものや哲学的なもの、つまり文系的なものは、科学的なものよりも多くの人にとって分かりやすく、受け入れられやすい傾向があります。
 ところがその受け入れやすさは、間違えた情報が広まることに結びつきやすく、多くの科学者が警戒し、嫌うようになりました。
 もともとは、文学的、哲学的なにおいがする生き物の本が好きだった僕も、科学者のみなさんの意見を見聞きして、さらに猛烈な勢いで広がる偽科学のフェイク情報などを多少なりとも知ると、なるほどなと思うようになりました。
 科学は、厳密でなければならないと感じるようになりました。



● 25/12/2 炎上

 ニコンの写真コンテスト、キヤノンの写真コンテストに加えて、僕が知っているだけでさらに2つの写真コンテストが、最近SNSで炎上しました。
 理由はいずれも、入賞した写真が作り物だったからでした。
 あるコンテストに関しては、入賞作品が盗用で、しかも盗用されたのはAiで作成された架空の写真だったというおまけつきでした。
 写真コンテストの審査員をつとめることもある某自然写真家は、自分の専門分野以外では、正直、作り物を確実に見抜くことは難しい、と発信しておられました。
 画像処理の発達やAiの登場で、多くの人が、自分が見ている写真が作り物ではないか?と疑いを持つようになりました。

 一方で、自然写真の仕事の現場では、作ることを求められることが多々あり、僕は数年前から、その手の撮影は、自分なりの基準を超えていると判断した場合には、引き受けないことにしました。
 難しいのは、撮影を依頼された時に、
「絵コンテを見て引き受けるかどうかを決めてもいいですか?」
 とは言いにくいことです。
 常識的に考えると、僕が絵コンテを見た上で、その撮影をお断りした場合、出版社の側からすると企画の内容が漏れてしまい、会社としては気持ちが悪いはずだから。
 それでも最近は、企画の内容を教えてもらった上で、引き受けるかどうかを決めるようになりました。
 これはあくまでも科学写真の話で、一冊の本の中の科学ではない部分やイメージの部分は話しが違ってくるし、そういう写真もあっていいと思っているのですが。
 今後は、科学写真とイメージを含む写真とが明確に分かれてくるのではないか?と僕は予測します。
 その場合に、何が科学写真として許され、何が許されないかの判断は、科学の見識がなければ難しいでしょう。
 
 ともあれ、写真を作る理由は、多くの場合、見る人を「驚かせたい」か、「分かりやすくしたい」です。
 いずれも人の都合なのですが、世の中には人の都合じゃないものもあるよというのが自然の話であり、その人の都合ではないものを取り扱うのが科学です。
 驚きは、作り手側が与えようとするものではなく、ありのままの中から写真を見る人が勝手に感じ取るもの。
 分かりやすさに関しては、可能な限り分かりやすくするのは当然としても、誰でもがわかるようにしてしまうと、そもそも科学物の本を読む意味が失われてしまい、やがて本なんて要らないとなってしまうような気が、僕はします。


   
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自然写真家・武田晋一のHP 「水の贈り物」 毎日の撮影を紹介する撮影日記 2025年12月分


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