撮影日記 2023年4月分 バックナンバーへTopPageへ
 
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● 23/4/29 懐中電灯



 懐中電灯を買ったので、色をテストしてみました。
 上はスタジオで使用される撮影用のGODOX製のLEDライト。
 下は今回購入した懐中電灯です。
 懐中電灯の方が赤いのですが、発色自体は写真撮影用と遜色ないくらいにいいのでビックリ。
 色味の違いは、GODOXの方が5600K、懐中電灯の方が5000Kだからでしょう。



 懐中電灯の方の色味をフィルターで補正して、GODOXに近づけてみました。
 上はスタジオで使用されるGODOX製のLEDライト。
 下は懐中電灯+色温度変換フィルターです。
 フィルターは青系(LBB)の一番薄いもの1枚を使用すると、まだやや赤いものの、かなりGODOXに近づきました。
 やっぱり、色イイですね。




 因みにこちらは、上がスタジオで使用されるGODOX製のLED。
 下はかつて懐中電灯の中では色がいいと言われた ZEBRA Light SC62d。
 色は良くはなくて、写真をキラッとさせる補助光程度なら許容範囲ですが、この光の成分が強くなる使い方はできませんでした。

 今回購入した懐中電灯は
https://amzn.to/3LGqHrN
 です。
 撮影用ではない製品なので、実は正確ではないだろうと疑っていたのですが、メーターで測定したわけじゃないけど、記載されているCRI>90、5000Kは、かなり正確でしょう。
 撮影用でもない懐中電灯の色がこれほど正確なのは、暗い場所で作業する人の目の疲れを軽減するためかな?
 ともあれ、懐中電灯の色がこれだけきちんと出るとなると、いろいろな用途に使用できそうです。



● 23/4/24 マダニ


 シカの痕跡が大量に見つかるある沢を歩いた翌日、足にダニがくっついているのを見つけた。獣が多い場所には獣の血を吸うマダニも多いので、要注意だ。
 僕の足に噛みついたマダニは、血を吸って膨れている感じはないけど、足は虫刺されのようになっていて少し腫れていて中央は赤い。
 僕は沢を歩く際にはほぼ100%胴長を着用するし、胴長を着用すればマダニの被害はかなり軽減できるのだが、そのバリアーを破って食いついてきた強者がいた。
 スタジオを写真を撮ってみると、その運動能力の高さに驚かされる。
 他の生き物があまり登れないツルツルの容器でも簡単に登るし、それを振動で落とそうとしてもなかなか落ちない。
 たいていの生き物は、撮影台の上に乗せると僕から遠ざかる傾向にあるけど、マダニは何度やっても僕の方に近づいてくる。
 そしてよく動く。
 なるほど!なかなか厄介な相手だ。
 
 さて、今回歩いた沢は厳しいことで知られていて、沢登りをする人たちの間では、単独行は避けるべきとされている。
 その沢を数時間ほど歩いたら、もうクタクタになった。
 沢に降りられる場所が少なくて、ある程度の距離を歩かなければ道に上がることができず、疲れたからそこで切り上げるというわけにはいかず、距離が長くなるという事情がある。
 加えて長時間の車の運転の疲れもあり、帰宅の翌日はすべての予定を取りやめにして、ほぼ丸一日寝て過ごした。
 その沢には言うまでもなく道はなく時には岩を登るのだけど、不思議なことに、何ヶ所もある難所がすべてギリギリ通り抜けることができて、まるで人が意図的に作ったゲームのよう。
 ある場所では、かろうじて岩に足場があったり、またある場所では辛うじて手の取っ掛かりがあったり、またある場所では、本来なら登ることができない高さの岩場に偶然にも倒木が何本か引っ掛かっていて、木を利用すれば登れたり・・・
 ただ、年々老化で体が弱っているので、次回同じ場所を歩くとするならば、事前に多少のトレーニングが必要かなぁ。
 手足を使って岩をよじ登るような時に、体が持ち上がらなくなってきているので、ボルダリングみたいなことをしてトレーニングができれば理想的なのだが・・・



● 23/4/16 更新のお知らせ

今月の水辺を更新しました。



● 23/4/6 増刷



 本が増刷されましたよ、と重版された本が届きました。この本は、元々は子供向けの全27ページの月刊誌として作られ、それがのちに単行本化されたものです。
 最初の月刊誌が発売されたのが今調べてみるとなんと!2005年。ということは、撮影は2003年〜2004年くらい。気長な仕事やなぁ。
 最初に月刊誌を撮影した時には撮影に時間がかかり過ぎてギャラをもらった時点でやや赤字か儲けなしみたいな感じ。
 それが、長い長い時間をかけて、徐々に徐々に仕事として成立してきます。

 増刷された単行本の方は21×24pとそんなに大きいわけではありませんが、もとになった月刊誌は、見開きの幅がなんと60pもある大きな本でした。
 使用した機材は、当時はまだフィルムでペンタックスの645判でした。
 小さく印刷される写真には、一部デジタルカメラも使用しました。で、一枚だけ、デジカメの画像ってどれくらい伸びるんだろうと知りたくて、テストも兼ねて幅45センチに印刷される写真をデジタルにしたら、問題なく印刷できたので驚きました。
 使用したデジカメは、600万画素のD70でした。
 その結果を見て、僕はフィルムからデジタルへと本格的に舵を切り、デジタルをメインに使用するようになりました。

 以降、645判のフィルムでなければ写らなかった被写体は、僕の経験の中では、1つだけでした。
 その1つは、水槽の中の水草にくっついているメダカの卵を小さく写す撮影で、645判のフィルムだとしっかり写るのに、デジタルカメラではどうしても写りませんでした。
 もしも同じシーンを撮影したら、今でも似た結果になるんじゃないかなぁ。
 メダカの卵のような輪郭が弱い被写体は、被写体の濃淡を忠実に出すことで表現しますが、濃淡の表現は、デジタルよりもフィルムの方が優れていたように感じます。
 一方でデジタルカメラは線を描写するにはとても優れていて、輪郭がはっきりしている被写体の撮影に適します。
 もっとも小さくとらえたメダカの卵がよく写らなかったのは、APS-Cや35mm判フルサイズ機のデジタルと645判のフィルムを比較した場合なので、645判フルサイズ機のデジタルカメラがあれば、また違うのかもしれません。



● 23/4/2〜3 M.ZUIKO DIGITAL ED 90mm F3.5 Macro IS PRO



 今まで拡大専用マクロレンズで撮影していたサイズの被写体をいろいろ、OMの新型90mmマクロ+MC-14で撮影しています。
 上の画像は、上下は切っていますが左右はそのまま。ミジンコは大きく動くので引き気味ですが、静物ならもっともっと大きく撮影可能です。
 使ってみて何が良かったかと言えば、このサイズの被写体の撮影でAFが使えることでした。僕は動体へのピント合わせはそれなりに練習をしていますが、確率はOM-1との組み合わせでAFの方が上です。
 倍率が倍率なのでAFでは追いきれないケースもありMFでのピント合わせを併用すると、ピントリングの操作性が抜群です。
 IFなので被写体にどんどん近づいてもレンズの繰り出しがなく、レンズとカメラの重量のバランスが変わらないのもとてもいいです。



 頑張ってさらに寄ってみると、ミジンコがこれくらいの大きさにまで写ります。ノートリミングです。
 動かない被写体に関しては、深度合成を駆使すればいい結果が得られます。三脚に機材を固定する際も、レンズとカメラの重量のバランスがいいので、非常にやり易いです。

 これまでこの倍率の撮影に使用してきた35mm判フルサイズ機やAPS-C機とキヤノンのMP-E65mm F2.8 1-5×マクロフォトの組み合わせとの比較では、動体にピントが合う確率が格段に向上しました。
 この一点で、MP-E65mm F2.8 1-5×マクロフォトを使う機会はもしかしたらもうないかも。

 画質の比較では、「線」はM.ZUIKO DIGITAL ED 90mm F3.5 Macro IS PROがよく写ります。
 一方で、ミジンコの場合、透明な殻の微妙な「濃淡」は、MP-E65mm F2.8 1-5×マクロフォトに35mm判フルサイズ機やAPS-C機の組み合わせの方が良し。これは恐らくレンズの性能の差ではなく、センサーサイズの差でしょう。
 僕はカメラの開発者ではないので知識を持ち合わせてないのですが、毎日のように写真を撮っているものの感覚で言うと、被写体の線をきちんと写すにはレンズが重要。そしてレンズの性能は、一般にカメラのセンサーサイズが小さい方が高性能です。
 一方で被写体の濃淡(つまり丸み)をよりよく写すにはセンサーサイズが重要です。



● 23/4/1 唯一無二



 うちの犬は近所の河川敷が大好き。でも繋がれていない方がもっと楽しいのかな、と年に1〜2度、ドッグランに連れて行きます。
 特別な何かがあるわけではない近所の河川敷が何でそこまで好きなのか、僕らに理解ができないのもあります。
 




 ドッグランで撮影した写真の中から数枚選びだし画像処理する際に、仕事ではない犬の写真は真剣に選ぶわけじゃないのに、すべてが唯一無二で、なかなか選べません。たとえ犬が同じ振る舞いをしている写真でも、僕にとっての意味合いは全部違います。
 そういうところは、科学の世界とは正反対だなと感じます。
 犬や猫を飼う理由は人それぞれでいろいろあるわけですが、家族の一員の唯一無二の存在として飼う人が増えている理由の1つに、日頃科学的なものの見方を要求されることに対する息抜きなのかなと考えることがあります。
 少なくとも僕自身は、そんなものも求めているような気がします。
 時々、生き物の同定が苦手な人が、「別種の生き物でも全部同じに見える」というのですが、僕は「同種の生き物でも全部違って見える」ことも珍しくないです。

 写真撮影の場合は、同種の生き物でも全部違って見える部分が、とても大切です。
 例えばアマガエルが鳴いている様子の写真を撮ってくれと求められた時に、ある個体は逃げてばかりでなかなか写真が撮れないのに、またある個体は、まるでサービスでもしてくれているかのように、たくさん撮影できたりします。あるいは、生き物は一匹一匹全部顔つきや外観が違い、生物学的には同種であっても、カメラマンにとっては一匹一匹全部違うわけです。
 科学の世界ではばらつき、つまりノイズとして切り捨てられている部分が、写真の良し悪しを大きく左右します。
 世界的な自然写真家である岩合光昭さんは、自然写真を撮るのに科学の知識は不要かむしろ邪魔と著書の中に書いておられるのですが、確かにそうかもしれません。
 
 
   
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