撮影日記 2022年9月分 バックナンバーへTopPageへ
 
 
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● 22/9/22〜25 垂直の補正





 同じ元データから作成した2枚の写真です。
 違いは、右上などがわかりやすいと思います。上の画像では電柱が傾いていますが、下の画像はまっすぐ立っています。
 写真を撮ったままの状態では上のように写り、それをフォトショップで補正したのが下の画像です。
 自然写真家でこうした補正をしている人は多分少ないと思うのですが、僕は、画面の中に垂直が存在する場合は、基本的に補正をします。
 あるいは、垂直の物体が存在しなくても、画面の奥にある被写体が重要な意味を持つ場合も補正をします。
 補正をすると画角が少し狭くなるので、構図を決める段階で、その分広く撮影します。
 ただし、それを前提に広めに撮影したつもりでも、実際に画像処理をしてみたら、画角が狭すぎたという事態になることもあります。

 画像処理に頼らなくても、垂直のものをきちんと垂直に写す機能を持っているレンズも存在し、そうしたレンズを使用すれば、カメラのファインダー内で最終的に写る範囲を確認できます。
 が、なかなか高価なのと、その機能を抜きにした性能やスペックは一般的なレンズよりも劣ることが多いので、僕は画像処理で解決しています。
 ミラーレスカメラなら、特殊なレンズを使わなくても、カメラの中の画像処理でそれができてもおかしくないことを思うと、垂直の補正をするような機能をカメラにのっけて欲しいなと思います。



● 22/9/16〜21 更新のお知らせ

 今月の水辺を更新しました。



● 22/9/13〜15 区画整備



 昨日は朝早く撮影の仕事を切り上げて、その後は来客。今回のお客さんは市役所の人で、区画整備に伴う補償の話でした。
 この場所で撮影できるのも来シーズンまでかな。
 画面左側がLEDライト、真ん中がストロボ撮影のスペース。隠れていますが、ストロボの奥のしきりの裏側は工具があり、工作をする場所です。



 こちらは、今シーズンはほとんど使わなかったので、ただ維持している状態に近いのですが、水槽撮影の部屋。



 こちらは、手術などの作業をする部屋。
 今年は植物を切ってその断面を見せる撮影がありました。
 スタジオや仕事場は、僕の場合、物の配置が2週間同じ状態というのはまずなく、日常的に改善を重ね、長い時間をかけて最近使いやすくなってきたなというところで移転なので、とても残念です。
 が、移転で楽しくなれる方法を考えましょうか。

 今の仕事場のありがたいところは、鉄筋なので揺れが小さく、微小な物体の撮影に適することです。
 撮影倍率が高くなってくると、木造だと、付近の道路を車が通っただけでブレが生じます。
 一方で、壁がコンクリートなので、何か用事があって釘やネジを打ち込みたい時に、いちいち専用のドリルで穴をあけ、アンカーを打ち込む必要があること。
 ただし壁がコンクリートだと燃えにくいので、火災の心配が少なくなる良さもありますが。



● 22/9/12 コミュニケーション

 以前、子供が参加する生き物の観察会の講師をつとめた時に、ビックリさせられたことがありました。それは、子供たちを連れてきたお父さんやお母さんには、むしろ生き物が苦手な人が少なくないことでした。
 僕は最初、観察会に子供を連れてくるくらいだから、お父さんやお母さんも生き物が好きに違いないと思い込んでいました。そこにおられるみなさんは同志だと。
 ところが、捕まえた生き物をお父さんやお母さんにも見せようとしたら、
「いやいや、私は生き物は現在勉強中で、まだ触れないんです。」
 と全力で拒否され、ポカンとなったことが何度かありました。
 自分は生き物が嫌いだけど、子供がそれを好きだから自分も勉強してみようという人が、そこそこおられたのです。
 子供を教育する際に、教育を受けることで子供は変わるわけですが、教育をする側の自分も変わるという物の考え方です。
 相手も変わるけど自分も変わるというのは、よく知られた言葉に言い換えると、コミュニケーション。つまり、教育と同時にコミュニケーションがあるわけです。
 
 僕がそうしたお父さんやお母さんにビックリさせられたのには,、わけがありました。
 僕が子供の頃の武田家の教育は、それとは真逆のスタイルだったからです。
 父は、教育のために随分時間を割いてくれたけど、自分が変わることを大変に嫌う人で、僕が生き物に関心を持っているからという理由で父が生き物を知ろうとすることは、ありえないことでした。
 当時父は英語の習得に興味を持っていて、僕が物心ついた頃には自分で編集した英語学習用のカセットテープをよく車の中で聞いていました。そして僕がある年齢になった時に、僕用のそうしたカセットテープを作ってくれ、僕はそれを使って英語の勉強をしました。
 つまり、武田家の場合は、教育を施す側の父が変わることはないスタイルであり、言うならば、先生なのかな。
 今でも父の話はコミュニケーションというよりは、授業なのです。
 コミュニケーションという観点から見ると、僕が子供の頃の武田家は、脆弱な環境でした。
 ただ僕の場合は、それでもあまり困りませんでした。というのは、偶然にも独学をするタイプだったから。
 独学をするタイプの人は、それに必要な情報(授業)さえあればいいし、もっと言えば、コミュニケーションが武田家に欠落していることに、そもそも気付いてもいませんでした。
 
 僕がそれに気づいたのは、弟との会話の最中でした。ちょっと前に、弟が、
「僕ね、自分の中にお父さんとか家族というイメージがないんよね。お父さんというよりは・・・」
 と上手く言葉にならずに口ごもったことがありました。
 弟がイメージする『お父さん』がコミュニケーションにあるならば、武田家ではそれが脆弱なのだから、なるほどなぁと思うわけですが、弟は言葉が得意なタイプではないので、そこのところはよくわからないまま。
 そのうち機会があれば、続きを聞いてみたいものです。
 普段僕は、家庭環境について込み入った話を他人にすることはありません。理由は、他人には理解ができないことだからです。
 したがって、世界中を探しても誰も聞き手が存在しないその手の話は、誰かに話すよりもむしろ、自分の心の中にある整理棚の奥へ奥へと送り込んでいました。
 ところがたった一人だけ、もしかしたら、話が通じるかもしれないのが弟だと思うと、兄弟というのは実に特別なものだと思います。
 
 

● 22/9/4〜9/8 準備と練習

 とある難易度と要求が高い撮影に苦心している間に、別の撮影の予定日が近づいてきました。
 その日は明日。今日はそのための準備と練習です。
 まずは現場の下見と撮影の練習。それから、本番の時にもしかしたらうまく採れないかもしれない生き物が1種類いるので、その生き物の確保。
 本当ならさらに念入りに準備をしたいところですが、複数の仕事が重なるとそれがむずかしくなります。
 できれば複数の仕事が同時進行するような状況は避けたいのですが・・・僕はパソコンに例えるならメモリがそんなに大容量ではないタイプなので、複数の作業が重なるのが得意ではないのです。

 予行練習は、忙しい時などは不要な気がすることもあり、まあぶっつけ本番でいいかなと考えることもあるのですが、実際に予行をしてみると、ああ、やっておいて良かったと毎回思います。
 予行練習が大切な理由は、事前の調べ事で「知識」を得た状態と、それに加えて自分が「体験」をした状態はかなり違うからです。
 知識は、誰かがそう言っているよ、という話。その知識を必要としている人にとっては有用ですが、そうではない人にとってはあまり面白いものではありません。
 一方で、体験って、やっぱり面白い。
 実際に生き物の研究している研究者や学芸員の人が生き物の話をしたらとても面白いのに、学校の生物の授業がそんなにおもしろくはないのはまさにそんな例でしょう。

 僕は昔高校で理科を教えながら写真の修業を積んだのですが、ある方が、カメラマンとしていい仕事をしたいのなら学校の先生の体質になったらダメだよとアドバイスをしてくださいました。
 生き物のカメラマンが表現すべきは、知識ではなく体験なのですが、先生の仕事をすると先生の癖がつくきらいがあり、知識を語ってしまうのです。
 
 

● 22/9/1〜9/3 強敵と対戦

 昨日、撮影を依頼された画像をインターネットで送信したら、土曜日だというのにすぐに返事がきて、OKを出してもらいました。
 僕も、撮影機材などを買ってそれが送られてきたら、大急ぎで開封して手に取るし、仕事道具が手元に届くのが待ち遠しく思うのは情熱の現れであり、いい仕事をする上で大切なことではないかと思います。
 写真に限らず、食材を扱う人でも物が届いたら急いで状態を確認するだろうし、道具を使う人なら届いた道具を動かしてみるに違いありません。

 自然を相手にするカメラマンの立場から言うと、すぐに写真に反応してもらえるのは、実はありがたいことでもあります。というのは、写真を送信した後は、撮り直しがあるかもしれないと備えているからです。
 一期一会の自然と言えでも、撮影をした翌日ならまだ撮り直しができることもあるし、そこから時間が経てば経つほど撮り直しはできにくくなります。
 またスタジオでは、やはり撮り直しに備えて、撮影が終わった後は撮影セットをそのままの状態で残してあります。

 画像を送ったらすぐに反応があるような人は、カメラマンの側から言うと気が抜けないわけですが、そういう状況下で撮った写真以外は、結局使い捨てに終わり後まで残らないことが多いのです。
 スポーツで言うなら強敵と対戦する時みたいなものなのです。


   
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