撮影日記 2017年6月分 バックナンバーへ今週のスケジュールへTopPageへ
 
 
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● 2017.6.24〜25 更新のお知らせ

5月分の今月の水辺を更新しました。



● 2017.6.17〜23 プロの世界・趣味の世界

 4月の末に、撮影に必要な2種類の作物の育成を知人にお願いした。土地を提供して育ててくれる人にも、相場から言えば破格とも言えるギャラが出る仕事だった。
 知人は畑を持っているとは言えアマチュアなので、正直迷った。
 そこで、率直に事情を話してみたところ、
「やってもいいよ。」
 というのでお願いした。
 認識が甘い可能性があるので、プロの撮影の現場の厳密さや厳しさについても話した。
「今イメージしておられる内容よりも、おそらく10倍難しいと思いますよ。」
 といろいろな例を挙げて何度も確認した上で、
「育てる作物はよく知っとるし、簡単。」
 という返事をもらった。

 ところが途中何となく危うい感じがしたので、
「自然物に100%はあり得ないし、他の人にも依頼をしておいた方がいいですか?」
 と尋ねてみた。
 というのは、僕なら、風や大雨などのアクシデントに備えて、時期をずらして必要な量の少なくとも5倍は植えるのに、何度見に行っても必要ギリギリの量しか植わっていなかったから。
 だが、
「任せておけばいい。」
 とのことなので、そんなに確実に育つものなんやと納得していた。
 
 しかし、2種類の作物はいずれも順調ではなく、一種類は現状では撮影ができないことが確かになった。
 最初に話を聞いた際にはその作物のことをよく知っているという話が、ほとんど育てたことがないに変わり、仕事として有償で引き受けたはずが、そもそも自分が作物作りを楽しむついでに撮影すればいいと思っていたに変化。
 撮影できないことが確かになった1種類は、時期的にまだ植え付けが可能ということなので、やり直しをお願いしたのだが、それはやりたくないとのこと。
 そして、
「あのね、自然物は100%ではないし、これが自分のベストです。」
 と。
 いやいや、2〜3回のやり直しは日常茶飯事であることも最初にいろいろな実例を挙げて、覚悟を確認しておいたのだが。
 無責任だなぁ。
 いや、趣味というのはそんなものであり、いくら相手が引き受けると言っていても、依頼した自分に否があるのかな。
 知人がそんな風であるというのはよく分かっていたのだから、頼んだ僕が悪い可能性も大いにある。以前、海の魚のリストを見せたら、ここに書いてあるものは今日にでも行けばほぼ全部釣れるぞとおっしゃっていたのだが、二ヶ月かけてもリストの1/5も釣れなかったことがあった。

 ともあれ、仕方がないので農家のH君に場所を借りて話を聞いてみると、知識が別次元。
 いや、知識というよりは、自信の差なのだろうか。
 プロは、本物の自信があるから、相手が何を依頼して何をしようとしているのかをよく聞くし、それに対して答えようとするのに対して、アマチュアは自信のなさをごまかすために、相手が聞いていることではなく、自分の豆知識を語りたがる。
 ただ、こうしたアクシデントは仕事の上では困ったことだが、僕の人生の一部としては面白い。
 そもそも僕の場合、自然を見たり自然写真を撮る動機の一番の根っこは、自然って何だろう?人間っていったい何者なんだろう?仕事って何だろう?趣味って何だろう?という思いであり、知りたいのは自然に関する知識ではなくて、人間様なのだ。
 また、人間には趣味的な何かも必要だと思う気持ちは年を取るにつれて強くなっているし、ひたすらに結果を追求するプロ的なものが決して正しいわけでも優れているわけでもないと思う。
 あくまでも、その人の志向の問題。
 僕の好みを言えば、プロの世界が好きで、アマチュアの世界やボランティアの世界がよく理解できないのだが、それらを知りたいなという気持ちは大いにあり、もしかしたらその思いがその方にお願いさせたのかもしれない。



● 2017.6.12〜16 ナマズの思い出


NikonD7200 AF-S DX Micro NIKKOR 85mm f/3.5G ED VR

 ナマズのヒゲは成長に伴い6本から4本へと減少する。
 魚の図鑑に書いてあることであり、小さなナマズが網に入った時にはヒゲの本数を数えてみたこともあった。
 ところが何匹見ても、ヒゲが6本のナマズは見つからなかった。
 見方が間違えているのかな?虫眼鏡が必要なのかな?
 図鑑に当たり前に書いてあるのだから、人に聞きづらく、世の中って難しいなと内心感じていた。
 6本のヒゲのナマズが見つからなかった理由が、先日ようやくわかった。
 ヒゲが4本に減るのは僕が思っていたよりもずっと小さな時で、これまで僕が見たナマズの稚魚はいずれも4本に減少した後だったようだ。

 子供の頃、弟が学校の帰りにナマズの稚魚をたくさん捕まえてきたことがあった。
 直方第三中学校は当時、裏は遠賀川の堤防、表は田んぼに取り囲まれていて、その田んぼにたくさんいたというので、僕もすっ飛んで行った。
 今は野生の生き物とは無縁の暮らしをしている弟だが、どこか好きなんやろうな。弟が捕まえてきた生き物をうらやましいなと感じたことが2度ほどあった。
 1度はカレイの幼魚。
 確かゴールデンウィークだったと思うのだが、例年遠出をする父が何かの理由で遠出ができず、代わりに軽い気持ちで海に弟を連れて行ったらたくさんいて、捕まえて帰ってきたのだったと思う。 あとの1度が、件の学校の前の田んぼのナマズの稚魚だ。
  田んぼの中に入り込んで卵を産む大きなナマズたちを見てみたいと思うのだが、最近、田んぼでナマズの稚魚を見たことはなく、今はそのような場所は滅多にないだろう。
 当時の自分たちがうらやましい。

 田んぼに堆肥を入れる時期には、教室が臭かった。
 社会のG先生が、
「これは糞公害ですよ。」
 とよく憤ったのを思い出す。
 しかし、作物を作るうえで仕方がないのではなかろうか。
 G先生の話には、今にして思えば、おかしなものが多かった。
 アイヌに対する差別と受け止められてもしかたがない発言があったり、当時の中曽根政権に対する批判などもあった。
 今なら、非常に高い確率で叩かれていたことだろう。
 でも、当時おかしかったよね、という気持ちには、僕はならない。
 まず、先生のことが、こうして僕の印象にいまだに残っていて、いまだに僕に影響を与え続けている。
 G先生以外にも、今では考えられないような授業があった。
 英語の授業の際には、ある宗教団体が掲げている詩を英訳したものを、毎回みんなで諳んじた。
 先生がその団体の一員だったかどうかは、定かではないが、
「いいじゃない。いい言葉なんだから。」
 と一度だけおっしゃったのを今でもよく覚えている。
 また先生が少々おかしなことを言ったとしても、中学生にもなれば自分でも判断できるし、おかしいことがあり、おかしいんじゃないか?と思えたり、これくらいならまあいいか、と曖昧にできることの方が大切ではないかと思う。
 大人になってから、妹が町でG先生に会ったという。
 当時僕は高校で理科の非常勤講師を務めながら写真を撮っていたのだが、
「お兄ちゃんはどうしとるかね?写真なんて早く止めて、立派な先生にならないとね。」
 と言っていたらしいのだが、G先生は先生なりに、先生という職業に誇りを持っておられたのだろう。
 G先生は、別の中学に通っていた友達のお父さんだったので、
「お前の父ちゃんはなぁ。」
 と友人をたまにからかったものだった。
 先生は大変かもしれないが、先生の息子や娘もなかなか大変。
 お母さんが先生だったIさんや、お父さんが先生だったS君の顔が思い浮かぶ。



● 2017.6.4〜6.11 お尻で物を見る?


NikonD7200 AF-S DX NIKKOR 10-24mm f/3.5-4.5G ED

 左は一般的な白バック写真を撮るための撮影台。右は、ガラスの上に被写体を置いて、特殊な写真を撮るための撮影台。


NikonD7200 AF-S DX Micro NIKKOR 85mm f/3.5G ED VR

 右の撮影台を使用すれば、被写体の影がない、被写体が宙に浮いたかのような写真が撮れる。
 影なしの写真が好きか?と言われれば、僕は影が好きなので、あまり好みではないが、こうした撮り方が必要な場合もある。  
 左の台も組み替えれば右のようになるし、実際にこれまでは組み替えて対応していたのだが、アングルが余っていたことを思い出し、新たにそれ専用の撮影台を組んで、並べて置いておくことにした。その方が撮影台を組み替える時間が不要なので、能率は上がる。
 余っていたアングルは、本来は別の用途に使用する予定だったのだが、僕の見立て違いで機能せず。ああ、無駄なお金を使ってしまったなとクヨクヨしていたのだが、これなら元が取れるだろう。
 非常に残念なことではあるが、近年はじっくり時間をかけて写真を撮るよりも、スピードが重視されるようになってきた。

 僕が学生の頃は、平凡社の雑誌アニマが全盛であり、噛り付くようにアニマを読んだ。
 そのアニマにしばしば、「野生動物の撮影の中でも生態の撮影は大変!」と書かれていたのだが、近年、撮影のスピードが要求されるようになって以降、それをしみじみ感じるようになった。
 撮影機材の進歩で写真を撮ること自体はとても簡単になった。スタジオでのカメラのセッティングや機材のテストなどは、以前とは比べられないほど短時間で済むようになった。
 だが、野生生物の行動を待つ時間だけは、短縮しようがない。
 たかが普遍種のカエルの卵を撮影するのだって、現場でカエルが卵を産むのを待たなければならないし、そこは効率化できない。
 産卵のピークの日にでも当たれば、ある時間帯になれば次から次へと産卵がはじまり、一晩あれば撮影できるが、それだって一晩はかかるし、そのピークの日を見極まるためには、何度が現場へ足を運ぶ必要がある。
 実は僕は、そうした苦労を感じたことはあまりなかった。
 効率を求められるようになって、はじめてそれを実感させられた。
 ではどこで時間を作り出すかと言えば、おのずとスタジオになる。スタジオを、とにかく極限まで効率化せざるを得ない。



NikonD7200 AF-S DX Micro NIKKOR 85mm f/3.5G ED VR

 それにしても、ツチガエルって、水に浮いた状態で、実に微妙なところにきちんと卵を産み付けるよなぁ。
 昆虫のように枝や茎や葉に体を固定して卵を産むのなら理解できるのだが。
 きっとお尻がとても敏感で、お尻が何かに軽く触れただけで、そこがどんな状態になっているのか目で見ているように、あるいは手に取るようにわかるんだろうな。

 卵は持ちかえって自宅でオタマジャクシになるまで育てて、白バック写真を撮ることにした。
 本当は、その後も何度も同じ場所に足を運んで、折を見てオタマジャクシを持ちかえるのがベストだが、今の時期はいろいろな撮影が重なるので、その時間が取れない場合もあるから。
 ただ、自宅で育てたオタマジャクシよりも、自然条件下から採集したオタマジャクシの方が、色、形、大きさなど優れている場合が多い。



● 2017.5.29〜6.3 アイディア泥棒の話



 昨年のちょうど今頃、いただいた絵コンテの中にダンゴムシがアリに襲われるシーンがあり、それをスタジオで撮影するために、クロオオアリの採集に出かけた。
 なぜ、その現場ではなくスタジオで撮影するか?と言えば、野外では、求められている絵の撮影が難しいことが挙げられる。
 具体的には、地面を歩く小さなアリは、どうしても上から見下ろしたような写真になりがちであり、どんなにカメラを地面に押し付けても、あるいは多少土を掘ってみても、アリの目線の高さで撮影することが難しい。
 そこでスタジオ内にそんな絵柄を撮影できるセットを組んで写真を撮る。

 採取したアリは、40匹くらいだっただろうか。
 その日は偶然にも女王アリの結婚飛行の日と重なり、大きな女王を見つけた。
 ふと、アントルームの島田拓さんのホームページやブログを思い出し、島田さんが紹介しておられる手法で飼育してみようと女王を容器に入れた。
 だが、それだと、まるで島田さんのアイディアだけをネット上から盗み取る行為になってしまうような気がして、捕まえた女王を放すことにした。代わりに、島田さんのアントルームから、女王アリを1匹とアリの飼育セットを購入することにした。
 野生の生き物の売り買いに関してはいろいろな意見がある。
 中には否定的なものも少なくないが、僕はそれ以上に、アイディアが命の出版の世界に生きている人間として、ネタやアイディアを盗むようなやり方は許されないのではないかと考えた。そして、相手が商売をしている人の場合は、その人に対する尊敬の気持ちは、物を購入することによって表すべきではないかと。

 さて、出版の世界では、ネタやアイディアが命。
 例えば本を作る際に一番難しいのは、企画を考え、その企画を出版社の編集者に本気になって話を聞いてもらうところまで持っていくことではなかろうか。
 編集者にその気になって本気で話を聞いてもらうことさえできれば、その本は半ばできたも同然であり、その後の作業は、ある意味事務作業だと言える。
 僕の身の回りには出版に関わる方が多くおられるが、それを理解しない人があまりにも多いと嘆く声は、何度も聞いたことがある。
 人が立ち上げた企画やアイディアを、横から入ってきて、まさに横取りする輩ががいる、と。
 そう言えば、10年くらい前だったか、ある方が、
「アイディアを横取りされた。」
 とひどく立腹されるのを聞いたことがあった。
 その方が考え、その方が話をつけて動き出した企画が、いつの間にかテレビ局に乗っ取られたのだそうだ。元々企画は、協力という形で提供してもいいとは思っていたらしいのだが、経過の報告等一切なく、放送された番組をコピーしたテープだけが送られてきたのだそうだ。
 僕はその話を聞いて、実は、「めんどくせぇ人やなぁ。」と内心感じ、トイレに行くふりをして這う這うの体でその場を逃げ出したのだが、近年、立腹の意味がよく分かるようになってきた。
 アイディアが命なのだ。
 ともあれ、自分は、そういうアイディア泥棒にはなりたくないものだな、と思う。


   
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