今月の水辺 / 棚田

NikonZ7�U
NIKKOR Z 24-120mm f/4 S
(撮影機材の話)
一般的なレンズで風景写真を撮る場合、今月の写真のように太陽が自分よりも後ろにある時、つまり順光の時には、レンズフードには何の効果もない。ならば逆光の場合はどうかと言えば、レンズに射し込む逆光の光が描写に悪影響を与えることはあるものの、その光が、ちょうどレンズフードでカット可能な角度から射し込んでいるケースは滅多になく、やはりレンズフードには有害光除去の効果はほとんどない。そこで僕は、黒い板を持ち歩き、逆光の場合は、カットしたい光とレンズの間にピンポイントで板をかざすことで、有害光をカットするようにしている。その方が有外光カットの効果が大きいし、黒い板はレンズフードよりも嵩張らない。

撮影後記 

 僕は、小さな子供の時から、『自分はこうしたい』という思いが前面に出てくるタイプだったらしい。
 そして当時の自分の傾向を今の言葉で言い表すならば、顕著なリベラル傾向であり、伝統や組織の論理よりも、個人の意思を重視するタイプだ。
 職業選択に関して言えば、家を継ぐみたいな感覚は僕の中には芽生えなかったし、子供の時から、仕事は自分で何かを見つけ出さなければならない、と思っていた。
 その傾向は、少なくとも大学院修士課程を修了する時点では続いていた。
 大学院修士課程の修了が近づいてきたある日、進路に関して指導教官から言われた
「俺は学生に就職のお世話をしないことにしているんだ。そんな大切なことは、自分で考えるべきだと思っているんだ。」
 という言葉は、すんなりと、当たり前のこととして僕の心の中に入ってきた。
 ところが年を取るにつれて、徐々に保守傾向が現れ、また強まってきた。
 仕事なら、強制的に家業を継がせられるみたいなやり方は今でも好きではないけど、どうしようか?と迷う人がいたならば、継ぐ方向に考えてはどうかと思うし、継ぎたい人がいた時に、家業を継ぎやすい社会であった方がいいと思うようになってきた。
 なぜそんな変化が起き始めたのか?
 よく考えてみれば、子供の時はすべてが真っ新に近い状態。したがって、その人の中にはまだ守るべき伝統がなく、若者には保守の考えは芽生えにくいのではなかろうか。
 ところが年を取るにつれて、その人がずっと続けてきたことが1つまた1つと多くなり、今後もそれを続けたいと思うのは当然のこと。
 ふと思い出されるのは、子供の時に時々連れて行ってもらったお寿司屋さんの味だ。
 『寿し廣』のお寿司をまた食べたいなと思うのだが、店主が病気で亡くなりお店がなくなってしまったのだから、もう食べることができない。
 当時、寿し廣では、二人の息子さんが手伝いをしていた。
 年齢は、中学生〜高校生くらい。
 お茶をいれるとか、アナゴを焼くみたいな仕事の他に、市場に魚を買いに行くのだと聞いた記憶がある。
 手伝いと書いたが、これは失礼かもしれないと思う。
 二人が働く様子は、恰好から言動まですべてが完全な仕事であり、お手伝いではなく、修行と言った方がふさわしかった。
 あの息子さんたちがお店を継いでくれていたら、今でも寿し廣のお寿司が食べられるのに・・・思う気持ちは、店を畳んだ寿し廣のみならず、今、僕がよく利用するすべてのお店に対して希望することだ。

 さて、水辺の撮影に向かう途中、見事な棚田が目に飛び込んできた。
 ちょうど真向かいに展望所があったので、急遽車を止めて、しばらく写真を撮った。
 それにしても、見事な棚田だこと。
 所説あるらしいが、今残っている記録によると、あたりの棚田が作られた時期は江戸時代であり、ほとんど手作業で開拓した田んぼとされていて、その労力を思うと気が遠くなる。
 田んぼは稲を育てる場所であり、今の時代なら機械が入りやすかったり効率が重要であることは重々承知だけど、この棚田が、何らかの形でこの先も残って欲しいな。
 跡継ぎが現れて欲しいな。
 そういうことが応援される社会であって欲しいな、と最近思う。
 
 
 
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自然写真家・武田晋一のHP「水の贈り物」 毎月の撮影結果を紹介する今月の水辺・2026年8月分


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