今月の水辺 / 海辺の夕景

NikonZ6V
NIKKOR Z 20mm f/1.8 S
(撮影機材の話)
小型でAFの性能が優れた高画素機が欲しいのだが、残念ながらニコンにはそのようなカメラがない。最新の高画素機はすべて、図体が大きい。しかたがないので、高画素を捨てて妥協して買ったニコンZ6Vが、予想以上に使い道が多くて活躍する。特に暗い場所での撮影で重宝する。画像処理ソフトによるノイズ除去の技術が飛躍的に高まったとは言え、それでもギリギリの状況があり、少しでもノイズが少ないカメラと明るいレンズは、今でもやっぱり頼りになる。高感度の画質以外でZ6Vを使用してみて感心したのは、暗い場所でのAFの性能だ。おお!この状況でAFが使えるのか!と、他のカメラとの比較で驚かされることがある。

撮影後記 

 仕事としての自然写真の場合、写真にテキストがつかないケースは滅多にない。
 というよりは、写真が使用される場合、ほとんどの場合で、テキストが先にあると言っても言い過ぎではない。
 つまり、それらの写真は、テキストをより具体的にする「挿絵」としての写真であり、テキストがよく頭に入っていなければ、なかなか仕事には結びつかない。
 おのずと、テキスト化した時に面白い物事にカメラを向けることになる。そしてそれは、大抵の場合、知識になる。
 それらの知識はどこにあるのか?と言えば、人の頭の中にある。
 したがって自然写真の仕事は、自然を撮影しているというよりは、人の頭の中を撮影している感がある。
 かつて、大学時代の同級生が、
「人は自然の一部、自然は人の一部」
 という言葉を掲げて自然にかかわる活動に取り組んでいたのだが、彼の言葉を借りると、人の頭の中にある「人の一部」としての自然を撮影していることになる。
 でも本来の自然写真は、人の頭の中を撮影するのではなく、その場で見たものを撮影するものではなかろうか、と内心思う。
 そしてそう思う気持ちは、年を取るにつれて、年々強くなってきた。
 そんな思いもあって、今月は、 何か知識としておもしろい小話が写っているわけではない、その場で見たものを写しただけの写真を選んでみた。
 
 夜の海辺で生き物を観察するために少し早めに現場に着いたら、夕方の景色がきれいだったので、しばらく写真を撮った。
 僕が普段撮影しているような知識をあらわす写真の場合、何を見せなければならないかは明瞭なので、あとは、その見せたいものがどう写っていたらよく伝わるのかの合理性の話になる。
 一言で言えば、一番見せたい箇所が一番目立つようにするにはどうしたらいいかを考える。
 その場合、答えは1つしないとまでは言えなくても、そう多くはない。
 ところが、なんだかきれいだったので写真を撮るの場合は、どこを見せなければならないが不明瞭なので、どう撮影するかの答えは無限にある。
 したがって、知識を表す写真の撮影とは、撮り方が違ってくる。
 例えば、カメラマンがよく使う言葉である 『空気感』 やそれに類する何かが欲しくなったりする。
 そこで試しにNDフィルターやPLフィルターを使って長時間露光をやってみようかと思ったら、元々夕景の写真を撮るつもりではなかったので、バッグの中になかった。
 夜は暗闇に紛れて物をなくしがちなので、荷物を最低限にするために置いてきたことを思い出した。
 車まで取りに行くと往復で5分くらいを要するので、刻々と変化をする夕景の撮影では間に合わないだろう。
 それなら・・・とカメラを高感度に設定してなるべく速いシャッターを駆使してみたら、海面の小さな波が写り、その波からやさしい音が聞こえるような気がした。
 よし、今日はこの小さな波をテーマに撮影しよう、と構図を整えると撮影が楽しくなってきた。
 だが、そう思ったのもつかの間、あっという間にあたりは真っ暗になり、夕景の撮影はおしまい。
 ええっ、もう終わりなのと名残惜しいけど、それくらいがちょうどいいんじゃない、と自分に言い聞かせてみた。
 
 
 
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自然写真家・武田晋一のHP「水の贈り物」 毎月の撮影結果を紹介する今月の水辺・2026年6月分


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