今月の水辺 / ダム

NikonZ7U
NIKKOR Z 17-28mm f/2.8
(撮影機材の話)
僕は三脚が好きなので、特に逃げない被写体の撮影ではほぼ100%三脚を立てる。だが、橋のような場所から見下ろして写真を撮る時だけは、三脚を使うかどうかを迷う。橋から写真を撮る場合、カメラをなるべく橋の欄干に近づかなければ、撮りたい景色の手前に欄干が写ってしまう。その点三脚を立てると、三脚の3本の脚のうちの一番被写体側の脚が邪魔になり、カメラを欄干にピタリと近づけることができない。したがって、欄干の高さやその日撮りたい景色によっては、カメラを手持ちで撮影する場合もある。ただ、日頃三脚を使い、画面の隅から隅までをよく見て撮影している身としては、手持ちで撮影した風景写真は、画面の特に四隅に自信が持てない感じがする。

撮影後記 

 子供の頃に釣りに夢中になった僕にとって、ダム湖は、思い出に満ち溢れた場所だ。
 今から40〜50年前、ダム湖でルアーを投げる時間は、僕にとって至福の時間だった。
 当時の九州のダム湖で狙った魚は、マス類だった。
 ダムに流れ込む渓流からダムに降りてきたヤマメが大きくなったサクラマス。放流されたニジマスやブラウントラウトは、僕にとって憧れの魚だった。
 ただ、それらの魚が釣れることは滅多になく、魚体の思い出はほとんどない。
 それでも僕は、ただひたすらにルアーを投げ続けた。
 マス釣りのメッカとして本で紹介されていた奥只見の銀山湖や日光の中禅寺湖や本栖湖の記事を読むと、猛烈な憧れがこみ上げてきて抑えられなくなり、それらをおさめるには、何も釣れなくてもルアーを投げ続けるしかなかった。
 今は、それほどまでに、釣りにあこがれることは到底できない。少なくとも、魚が釣れなければ、やってられない。
 当時のあの思いは、我ながら凄いものだと思う。
 
 さて、渇水で、ダムを造る時に水に沈んでしまった昔の橋が姿を現したという報道を見て、ふと、ダム湖が憧れだったことを思い出し行ってみた。
 場所は、大分県の北川ダム。
 僕がカメラを構えた場所は、ダムを作る際により高所に新たに作られた橋。一方でダムの中に見えるのが元々あった昔の橋だ。
 写真に撮ると、ダム湖というのは、殺風景だなと思う。
 でも、当時のダム湖の思い出は今でも特別なものであり、他にそれに匹敵するものはない。
 その後、九州のダムで釣りの対象となる魚は、マス類からブラックバスへと移り変わった。
 当初、ブラックバスは、多くのダムが作られるような山間部の水辺には、水温が低すぎて定着できないと言われていた。ブラックバスが繁殖できるのは、もっと水温が高い里の水辺だとされていた。
 だが、実際にはそれらの予想を覆し、ブラックバスはあらゆる場所で増え続け、山間部のダム湖でも、釣りと言えばバス釣りになった。
 ブラックバスの釣りにはなぜか興味がわかなかった僕は、ダム湖で釣りをすることはなくなった。
 
 「いい時代」という言葉があるが、実は、僕が子供の頃は、釣りの「いい時代」だった。
 進駐軍の兵隊さんのために輸入され、東京の一部の釣具屋さんにだけ置かれていたルアーが広く普及を始めたころで、次々と新しい釣り場が開拓され、次々と人をワクワクさせるような新しい道具が発売された。
 最初は、欧米の製品には全くかなわなかった日本のリールが舶来品を追い越し、今やリールと言えば、日本のシマノとダイワが世界の圧倒的なツートップになった。
 さまざまな釣り方が見出され、確立された。
 釣りの技術も道具も圧倒的にすごくなった。
 ただ、当時のあの盛り上がりは、今はない。
 そういう意味では、カメラも、釣り具に似たところがあるように思う。
 カメラは釣り具以上にテクノロジーが発展し、僕が写真を始めた頃には想像もできなかったレベルに達した。
 それによって凄い写真が撮れるようになったけど、何かが足りないような気もする。
 その何かの正体は、憧れではなかろうか。
 今はいったい、何がいい時代なんだろうな?
 北川ダムには、何本もの渓流が流れ込んでいて、その中の一ヶ所は、渓流魚が釣れそうな雰囲気だった。
 ふと、釣りの師匠に連れられて釣りをした日々が思い出された。
 師匠には、とてつもなくいい体験をさせてもらったものだと思う。
 
 
 
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自然写真家・武田晋一のHP「水の贈り物」 毎月の撮影結果を紹介する今月の水辺 2026年2月分


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