今月の水辺 / 道端の礫(れき)

NikonZ7
NIKKOR Z 14-30mm f/4 S
(撮影機材の話)
動かない被写体の撮影の場合、より完成度が高い写真が求められる。この場合の完成度の高さとは、写真のきれいさではなく、撮影者の意図が、よりしっかりと表現できているということ。ミラーレスカメラの場合は、撮影した画像をファインダー内で確認でき、背面液晶を見るよりも細部まで正確にみえる。したがって、自分の意図が写真にきちんと表現されているかどうかを、現場でより正確に把握できる。何かまだ物足りないなと思えば、もっと自分の意図を表現できる撮り方はないかと追及することができる。自然写真の中でも、動かない被写体の撮影では、ミラーレスカメラが楽しいと思う。


撮影後記 

 今月の水辺は、漠然と更新しているわけではなく、ある狙いをもって続けている。
 その狙いとは、自分が今興味を持っているテーマが、本にできるかどうかを試すこと。
 例えば、どんなに面白いテーマでも、今現在の自分の仕事のスタイルとの相性が悪ければ、撮影の難易度が無用に上がってしまう。磯のヤドカリの本を作っている時に、磯の貝の写真を撮るのなら容易いが、同時進行で山の生き物の写真を撮るのは難しい。
 あるテーマが、自分が置かれている状況下でいいテーマなのかどうかは、多少試してみなければわからない面がある。
 そこで、自分なりに密かにそれを試す場が、「今月の水辺」なのだ。

 この3月からは、新しいテーマを試してみることにした。したがって、今月からは、写真のセレクトがガラリと変わる。
 今月は、山の林道のわきにたまった礫の写真を選んでみた。
 礫をめくると、チクシブチサンショウウオという小型のサンショウウオが見つかった。礫は、そうした生きものたちの隠れ家になっている。
 道路わきの岩場には湧き水があるのか水滴が滴っていて、その水気が礫をしっとり湿らせていた。
 サンショウウオのことを書こうと思うのなら、礫が湿っていることを書きたいし、その湿り気の由来である道路わきの岩場が写真に写っていてほしい。
 ただし、主役は礫なので、岩場はあくまでも脇役であり、ギリギリそれと分かる面積でいい。

 道路わきの礫などというのは、ほとんどすべての人にとってどうでもいいものだろう。いや、強いて言うなら、どちらかというと邪魔で、取り除いた方がいい存在に違いない。
 でも、その礫が、希少な生き物たちの住処になっていたりする。
 そんなことが少しでも知られることで、ひどく邪魔になるわけじゃないのなら、礫を放っておこうよ、と人が言ってくれるような日本の社会になったらなぁと思う。
 自然を大切にしなければならないとか、生態系がどうのこうのみたいな立派な話ではなくていいと思う。
 別にすごく生き物が好きなわけではない人が、自分の家の中に生きものは入ってきてほしくないけど、野山にそんなものがすんでいるのなら、できるだけそっとしておいてあげようよ、と思う社会であってほしい。 

 不思議なことに、この時期、水辺の生きものたちの写真を撮っていると、自然と椿の落花が写り込むことが多い。
 樹木のことはほとんど分からないけど、椿は、多少湿った場所を好む植物なのかな?
 
 
 
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自然写真家・武田晋一のHP「水の贈り物」 毎月の撮影結果を紹介する今月の水辺 2020年3月分


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